引っ越し ~須磨ニュータウンから東京の成瀬へ~
母と、赤ん坊だった妹と3人で成瀬にあるアパートに引っ越す。
電車好きな僕は新幹線に大興奮!
まだ「ひかり」と「こだま」しか無く、食堂車もあった。
青山のマンションで一人暮らしをしている父親が、たまにアパートに来てくれたり、マンションに遊びに行ったり、といった状況が続いていた。
電車に乗ってすぐの町田へよく買い物に連れて行ってもらった。
当時町田にはデパートの屋上が何箇所もあり、僕にとって町田は「屋上遊園の宝庫」だった。
同じくいつも通る町田の喫茶店のガラスケースの中に、ノッポなグラスに入ったクリームソーダの見本が置いてあるのがいつも気になり、幾度にわたるおねだりの末、ついに喫茶店に入る事が出来た!
が・・ノッポクリームソーダは幼い自分には扱いが難しく、速効バーン!とひっくり返し氷と共に無残にも飛び散る。
だから言ったでしょ、と叱られ、以後この喫茶店に入る事は無かった。
成瀬駅前にはショッピングセンターがあり、ここの2階にはゲームセンターがあった。 コインをすくい取るゲーム、ゴキブリのような絵の車が走るレーシングゲーム、ギャラガ、等など、ここでもいろんなゲームをやらせてもらった。
この頃初めてサッカーボールを買ってもらったが、ほとんど新品同様のまま近所の公園でなくしてしまう。
物をすぐになくすのはこの頃からだった。
父と別居の間、母にはいろんな場所へ連れてってもらった。
モノレール、遊園地、サンシャイン60、東京タワー、江ノ島等など・・
母の趣味だったドラマのロケ地巡りにも付いて行き、「金曜日の妻たち」と「毎度お騒がせします」のロケ地に行った。
毎度お騒がせします、の舞台になった多摩ニュータウンは須磨と似た所が沢山あり、切なくなった。 ホームセンターのような店? に初めて入り、すごい店だ!と子供ながらに感動した。
冬、大雪が降った。 このアパートで初めての雪下ろし。
父親が屋根に上り、僕は下で受け取っていった。
温暖化で近年雪を見る年が少なくなったのが気になる所。








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