年別アーカイブ

お気に入りメンバー

[PR]
自費出版 図書印刷同朋舎
写真・アルバムのデジタルデータ化サービスの「スマイル・シェアリング」
非公開非公開の自分史は、他の人からは見えません。

snowmanさんが最近登録した自分史(更新順)

  • 自宅を設計(2007年8月|48歳)
    snowman

    ひょんな縁から家内が目をつけていた近所の土地を切り分けて売ってもらい、自分の設計で家を建てることになった。なってしまったという感じ。まぁ、とにかく世間の常識は気にせず自分達家族のライフスタイルにあった住宅を建てようと思った。nLDK的にちまちまと部屋数は多くつくらず、思い切って旅先のコテージのような平屋でざっくりとした生活を楽しんむことにした。

    更新日:2008年10月17日コメントする(0)

  • 中学入学(1972年4月|13歳)

    紫錦台中学に入学。
    野球部に入ってピッチャーを目指すも、バスケットに多くいた友人に誘われてバスケット部に転籍。
    本格的に洋楽の洗礼を受け、ロックにのめり込み、ギターも弾き始める。
    不思議なことに小学校の時はぱっとしなかった成績が中学に入ってから伸び始め、金沢泉丘高校を目指すことになる。

    更新日:2008年10月17日コメントする(0)

  • ホテルカリフォルニアの冬(1976年12月|17歳)
    snowman

    (以下1998年1月に自分のウェブサイトに書いた文章より転載)

    ちょうど今、関東地方は今年3回目の記録的な降雪により一面白銀の世界と化しています。少なくとも僕にとっては、『ホテル・カリフォルニア』というとこのような冬の雪景色を思い出さずにはいられません。
    なぜなら、このアルバムが発売された当時、僕は金沢という日本海側の町で高校生活を送っていたのですが、その冬がやはり豪雪の年で僕達はその雪になかば埋もれ、雪景色を見ながら発売されたばかりの『ホテル・カリフォルニア』というイーグルスの5枚目のアルバムに聞き狂っていたように思います。
    家にいることに退屈した僕達は遅れてくるバスをあきらめて、よく歩いて街へ出たものでした。今はどうなっているのかわかりませんが、片町あたりのロック喫茶『年老いた子供』、『ラスト・サマー』などにたむろしては、暖かいコーヒーをすすり、くだらない話をしながら退屈な北陸の冬を過していました。よく店でもかかっていたこの『ホテル・カリフォルニア』は暖かい南カリフォルニアの風を寒い日本の片田舎の冬に運んでくれたのです。
    しかし、少年ながらそのサウンドの背後に見隠れする何かしらの陰りあるいはイーグルスの苦悩は僕達の話題の中心でもあり、その冬のイメージとともにやがて大人にならなければならない僕達の心に焼き付いていったのです。

    更新日:2008年10月17日コメントする(0)

  • アクアリウムにはまる(1992年8月|33歳)
    snowman

    昔から水族館は好きだった。魚が泳ぐのを見るとリラックスできる。この頃から自宅に水槽を置いて、熱帯魚を飼育することになるが、魚よりも難しい水草水槽のとりこになり、ネイチャーアクアリムにはまって行く。最盛期には、クマノミとイソギンチャクという海水魚水槽も含め4台もの水槽を自宅で管理していたが、徐々にその管理の大変さから縮小し、2007年の引越しを機に一時休止することにした。

    更新日:2008年10月17日コメントする(0)

  • インターネット黎明期(1997年3月|38歳)

    徐々にインターネットが普及し出し、個人でもウェブサイトを開設する動きがあった。HTMLという記述言語を勉強して、音楽を中心とした趣味のウェブサイトをつくった。
    ウェブサイトを開設したことから、メールを通じて、新しい友人が出来始め、やがてオフ会などで実際に顔を合わせ、仕事にまで発展したりとリアルな関係になって行くのは時間の問題であった。まさにネットワーク人生の始まりである。

    更新日:2008年10月17日コメントする(0)

  • 初めての持家(1988年4月8日|29歳)

    妻が妊娠中にもかかわらず、新しい家を買って引越ししたいと言うので、同じ市川市内で物件を探し、タウンハウス形式の住宅に移る。
    ささやかな2階建て住宅に引越しするが、すぐに妻は出産のために実家に戻った。

    更新日:2008年10月17日コメントする(0)

  • 長男誕生(1988年5月4日|29歳)

    連休に妻の実家に行く。出産予定日は、もう少し先だったが医者の判断で出産することになり、無事男の子が生まれた。名前もことも考えねばと少し慌てる。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 地デジ初体験(2006年10月|47歳)

    去年買った液晶テレビには地デジチューナーがなかったので、外付けの地デジチューナーを買った。今まで見ていたアナログ地上波はなんだったんだ。インターネットにうつつを抜かし、しばらくはテレビ離れしていたがDVDより鮮明な画質に再びテレビを見る時間が長くなってしまった。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 薄型テレビがやって来た(2005年7月|46歳)

    メインのブラウン管テレビが壊れてしまったので、薄型テレビにした。狭い日本の住宅ではテレビは部屋の角の置くものというお約束のような感じがあったが、この薄さによってテレビの置く場所の自由度が格段に増す。この事は大きいことだと建築家の視点から思う。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 待ってましたのiPhone3G(2008年7月|49歳)

    常時iPodと携帯電話を持つ様になってからの切なる願いは、iPodと携帯電話の合体である。携帯電話にもミュージックプレイヤー機能があるが、iTunesと連係できないとまるで意味がない。まさに登場を切望していたモノだ。これでひとつ持ち歩けば済む。何と気楽なことか。常時ネット接続環境や追加できるアプリも手に入って、便利になったものだ。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • iPod生活の始まり(2004年12月|45歳)

    iPodが徐々に普及しだし、すでに第四世代にまで進化した。iPodを買うにはまずMacそのものを買い替える必要があったので、ほぼ同時にiBooK G4というノートパソコンも手配した。
    遥か昔、カセットテープの初代ウォークマンに感動したが、CDウォークマン、MDウォークマンと小型化したが、このiPodのHDDによる大容量化は、音楽生活を大きく変えるものになった。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • ミニヴァンに乗換(2000年7月|41歳)

    長年乗ってきたアコードインスパイアもそろそろ子供の成長とともにライフスタイルにそぐわない感じになって来たので、甥っ子に譲って、オデッセイに乗り換えることにした。長男が始め出した釣りやアウトドアには大人数乗れるミニヴァンが重宝する。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 次男誕生(1996年6月17日|37歳)

    8年も間が空いてしまったが、無事に次男が生まれた。久しぶりに家に赤ちゃんという存在が懐かしさを覚えた。自分も年を取って少し大人になったせいか、長男の時とはまた違った感覚でもある。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • Macとの出会い(1995年12月|36歳)

    会社でMacを導入したこともあり、初めて自宅にもパソコンを置くことになった。Performaという家庭用のMacではあったが、20万円くらいはした。
    インターネットはまだ普及という段階ではなかったので、とりあえずニフティサーブのパソコン通信をメインに年賀状などにも活用した。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 初めての新車(1990年10月|31歳)

    履歴や素性がわからぬ中古車は予期せぬ故障が多く、出費以上に精神的ないらだちが多くなり、思いきって新車にした。
    HONDAのアコードインスパイアという5気筒エンジンのハードトップセダン。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 松戸へ引越し(1990年5月8日|31歳)

    子供も少し大きくなり、小さな2階建ての家が手狭になりつつあり、またいろいろと物色をした結果、松戸市のマンションに買い替える事になった。これで少なくとも上下移動がなくなり、多少広くもなった。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 就職(1982年4月|23歳)

    建築学科からの就職先は、設計事務所・ゼネコン・役所・ハウスメーカーといったいろいろな選択肢があるが、初志貫徹ということでイバラの道ともいえる設計の道を選んだ。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 大学入学(1978年4月|19歳)

    もし落ちたら浪人して東大でも目指してやろうかと思っていたが、受かってしまったので、名古屋工業大学の建築学科に行く事になった。
    初めて親元を離れて、一人暮らしを始めることになる。
    相変わらず音楽熱は覚めず、ここでも軽音楽部に入り、バンド活動に明け暮れる日々を送る。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 高校入学(1975年4月|16歳)

    石川県立金沢泉丘高校に入学。
    バスケット部と軽音楽部に所属する。
    バンドをいくつか組んでギターを弾くことにうつつを抜かす日々。
    親父がインテリアデザイナーだった影響もあって、将来は建築の道に進みたいという思いがわき起こってくる。
    大学は工学部の建築学科を目指すことになるが、地元の国立一期校の金沢大学には土木系の建設学科しかなく、さりとて東大、東工大などの学力もなく、二期校の名古屋工業大学に照準を合わせることになる。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)

  • 結婚(1985年10月12日|26歳)

    この年は夏に日航機墜落という悲劇のせいで新婚旅行で飛行機に乗るのが怖くてしょうがなかった。
    新婚旅行から帰って来ると阪神が21年ぶりの優勝をしていた。
    結婚の少し前に引越しは済んでいたが新居は市川市。
    2DKのアパート住まいの始まり。

    更新日:2008年10月16日コメントする(0)