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Joe & Millyさんの自分史(2004年)

世の中の出来事

2004年(26歳)

  • 初!ハワイ旅行!(1月)

    ジョーが4ヶ月になり、せっかくアメリカに住んでいるんだから
    どこかに、旅行に行こう!!
    と言うことになり、探していたら、なんとハワイ旅行が
    家族三人分の飛行機代、ホテル代も込みで
    $1000だった♪(三泊分のレンタカーも込み)
    これは行くしかない!!!!と勝手な分析をして
    旦那様に相談。
    渡米して、出産し、育児で夫婦ともに疲労も溜まっていたので、
    ストレス発散の為に行こう!
    と珍しく意見が一致し、行くことに。
    毎日なかなか寝てくれないジョー君を、どうしてやろうか?と
    日々煮詰まっていたのに、旅行の話が決まったとたんに、元気になる私。
    普段の外出も、よく泣く息子を連れて行くのは大変だ!!!
    と言って、日曜日の旦那様が休みの日に一緒に行ってもらい
    買い物していたのに、何故か旅行代理店には、いつでも行ける。
    人間、気の持ちよう?なのかな~?
    と少し反省しつつも、そのまま旅行の水着を買いに
    ショッピングモールへ…。
    私っていい性格だなあ~なんて思いつつ、
    こんな私の姿を旦那が目撃したら、今までの私は一体?!
    と思われたに違いない。
    そんなことは、気にせず用意を済ませ、いよいよ出発!!!
    朝の早い飛行機だったにも関わらず、寝坊…。
    なんとかギリギリにLAX飛行場に到着し、
    飛行機に乗り込む。
    ジョーの初飛行機内はどうだろう?大丈夫かな?
    と心配していたのに、授乳をしていれば騒ぐこともなく
    無事にハワイへ到着!!!!

    私の第一印象は「すごい湿気がある!」だった。
    生まれつき喉の弱い私は、カリフォルニアの乾燥した気候が
    あわず、喉をやられて高熱をよくだしていた。
    日本に比べると本当に乾燥しているので、喉の弱い人には
    しんどい気候かもしれない…。
    でも、主人のようにとくに喉が弱くない人は、
    べたべたしない気候をすごく気に入っていた。

    さっそくホテルへチェックインし、ビーチへ散歩することに。
    この時ハワイは雨季の季節で、旅行代金が安かったのだけど、
    その割には観光客がたくさんいた。

    ジョーがまだ小さいのは、ビーチでは泳がず散歩や、
    借りたレンタカーで島を一周したりして過ごしていた。
    家の中で一人で育児をしていると、一日がものすごく長いのに、
    こうして家族で旅行していると、一日はあっと言う間に終わってしまった。

    主人が絶対に行ってみたい!と言っていた、
    ダイヤモンドヘッド に家族で登ることにした。
    4ヶ月の息子がいても大丈夫だと言う旦那の言葉を信じて
    登ってみると…
    結構しんどかった。
    一人で登っている私でもしんどいのに、旦那はジョーを抱っこしたまま
    頂上ま登ったので、かなりの体力がいったんじゃないかと思う。
    久々の運動?を終えてみる景色は最高だった。
    今は4人家族になったので、今度は子供たちも自分達の足で
    ダイヤモンドヘッドに登らせようと思った。

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  • ★ジョー6ヶ月★(3月)

    子育てとは…言葉にできないほど、大変なもの。
    だと私は思う。
    大変だけど、愛おしいから育てることができる。
    そう思う。

    ジョーは6ヶ月になり、周りのお友達はお座りが
    出来るようになっていた時、ジョーは体重が約10キロもあり…
    まだ寝返りもできていない状況だった(笑)
    アメリカの小児科の先生は、検診のたびに、
    「この子は、頭が大きいね~っぷっ。」と笑うので、
    本気で「病気ですか?」と尋ねたこともあった。
    身長も大きかったが、とにかく体重が重たかったジョー。
    まさか母乳だけで、6ヶ月の赤ちゃんが約10キロにもなるとは
    想像もしていなかったので、正直、6ヶ月検診の体重を聞いたときには
    驚いた…。
    体重はあったものの、大きな病気もなかったので、
    里帰りをすることに決定。
    主人は仕事の都合が付かず帰れないということで、
    一人でジョーを連れて里帰りすることを決意。
    6ヶ月のジョーは、とにかくよくミルクを吐くので、大量の着替えが
    必要だった。
    それに加え、ベビーカーや毛布など…
    重なるものばかりが手荷物で必要になった。
    大荷物を抱え、空港まで主人に送ってもらい、3週間の里帰りのために
    飛行機に乗った。
    一番大変だったのが、荷物検査。
    ベビーカーも機械に通さないといけないので、
    荷物をまずは、台の上に載せて、
    次にジョーを抱っこ紐にいれて、抱っこ。
    その状態でベビーカーをたたんで、台の上に載せる。
    なんせ子供を抱っこしているので、どの作業も大変だった。
    優しい外国人男性が代わりに台の上に上げてくれて、
    なんとかその場を乗り切った。
    その検査だけで、もうクタクタ…
    これから10時間以上も飛行機で、2人きり…
    どうなるんだろう?と思いつつ、飛行機に乗り込んだ。
    この頃は、まだロサンゼルスから関空までの直行便が
    あったので、乗り換えがないぶん、助かった。
    いざ飛行機に乗り込む。
    案外すいていて、空席が目立った。
    私は乳飲み子を抱えていたので、一番前のベビーバシネットが使える
    席を予約していた。
    もちろん授乳もしなくては、いけないので、
    空席があるなら、助かるなあ~とおもっていた。
    自分の座席を探して座ると、そこには大きな外国人の男性が座っていた。
    授乳があるから、嫌だなあ~。。。とおもっていたら、
    客室乗務員の方が、その男性に他の席が空いているから
    異動しないか?と聞いてくれていた。
    しかし、答えは「NO!」だった。
    結局、他にもたくさん席が空いていたので、
    バシネットはないが、三席空いている席に移動させてもらった。
    そうすれば長時間の間、隣を気にせず授乳ができる!そう思ったからだ。
    授乳さえしていればそんなに、大きな声で泣き喚くこともなく、
    関空に到着した。
    関空には両親、弟家族とみんなでお迎えに来てくれていた。
    弟の車に乗りながら、迎えに来てくれたことを心から感謝していた。

    機内は狭いし、身動きがとれず、ジョーの面倒をみながら
    映画を見ることもできず…。
    すごく疲れていたので、気兼ねなく寝て帰れる弟の車は
    天国だった。

    この日から私とジョーの初!日本里帰りが始まった。
    ジョーは日本人なのに、初めての日本体験だった。

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  • ★日本滞在★(3月)

    まだ独身の頃、私は日常で運転をしていたので、
    日本の一時帰国も、普通に父親の車で運転するつもりでいた。
    しかし…私が長年育った家から、新しいマンションへ
    実家が引越をしていたため、久々の里帰りは
    初めての家だった…。
    運転があまり、得意なほうではなかったので、
    慣れない近所を、小さな子供を乗っけて走るなんて危ない!!!
    と両親に言われ、車に乗ることは断念した。
    平日は両親が仕事でいないため、どこにもでれず、
    友達が入れ替わり、会いに来てくれた。
    独身の友達ばかりだったので、みんな喜んで
    抱っこしてくれたり、するので私は少しの間、休憩させてもらい
    大分楽に過ごせた。
    長年育った日本。
    まるっきり日本人の私。
    なのに、なぜか少し違和感があった。
    実家が変わったせいもあるが、何かこう。。。
    言葉に言い表せない違和感があった。
    結婚して新婚生活も日本でできなままの渡米。
    妊娠、出産。
    すべてをアメリカで新しく始めてしまったせいで、
    私の中には、結婚してからの自分の生活が、
    日本の中で想像できなくなっていた。
    「そんな日本で何十年も育ったくせに!」と
    思われると思うが、本当にこの変な間隔は
    今でもまだ取れていない。
    日本滞在は、両親や友達にたくさんジョーを見てもらえて
    とても、幸せな時間だった。
    ロスへ帰る当日、両親と離れるのが悲しくて、涙がとまらなかった。
    いい年した大人が何をないているんだ!!!と
    何度も自分に言い聞かせて、ぐっと涙を堪えた。
    親。
    なんて偉大な存在なんだろう。
    海外で生活をしていなければ、これほどまでに
    両親のすばらしさを感じることができなかったのではないかな?
    と私は思った。
    両親と、ロスへ転勤させてくれた主人の会社に
    心から感謝している。

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  • ☆ジョー クループで入院☆(8月20日)

    一歳のお誕生日会は、盛大にする。
    そんなことをお友達から聞いたので、家族が大好きな中華やさんの
    個室を借りて盛大にジョーの一歳の誕生日パーティをしようと
    準備をしていた。

    ご飯のメニューも決め、ケーキもオーダーし、
    お友達に招待状も配り、準備万端!!!!
    二日前の夜、家族三人で寝ていたら、ジョーの様子がおかしい。
    咳??にしては、何か喉に詰めたような感じだった…。
    私は慌てて、何か詰めたんだと思い、必死に吐かせようとした。
    でも、何かが詰まっているのではなさそう、でもとにかく
    救急へと向かった。

    結果 「クループ」 と言う、喉の病気だった。
    即日入院になった。
    小さなジョーは泣きながらも、口サイズの加湿器をあてられ、
    嫌がるジョーを押さえつけての作業になった。
    主人と順番にジョーの口に加湿器をあてて、私はずっと抱っこしていた。

    このまま、続ければ必ずよくなると、わかっていても
    不安で不安でしょがなく、眠気などまったくなかった。
    少しづつ楽になったのか、明け方ジョーも寝てくれるようになった。
    寝ている間も、ずっと口付近には加湿器をあてていた。

    一日目の入院は、無事に?終え、ジョーの声も普通に戻って
    きたので、主人に次は誕生日会のあらゆるところへのキャンセルを
    電話でしてもらった。
    次の日の昼過ぎには無事に退院でき、家へと戻った。

    一歳になったばかりのジョーは、まだ言葉も少なく、
    あまり声を出さないので、本当に声がでるのか不安でしょうがなかった。
    二・三日と加湿器と薬を続けているとすっかり元の元気なジョーに戻った。

    このころの、ジョーはとにかくよく食べる子で、お皿に山盛り
    お子様カレーを食べていた。
    一歳二カ月のころ、お店でざるそばの大盛りを、お箸を使って
    食べているジョーをみて、周りのお客さんに
    驚かれた記憶がある。

    子供が病気をして気づいてはいけないのだが、本当に健康第一、
    毎日する悪さや、育児疲れは健康なわが子がいてこそだな。。。と
    気がついた出来事でした。

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2004年(平成16年)