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雪さんが最近登録した自分史(更新順)

  • お父さんの康復をお祈りします(2011年10月18日|39歳)

    10月9日 お父さんが心臓病で 入院して
    10月17日 退院をした


    2回目入院だった


    1回目の日ははバドミントンをやって、

    その日のうちにまた山登りをやって疲れすぎた

    すぐ退院をしたのでまだそれほど心配はなかった

    2回目はいとこの結婚式があって

    いそがしくしたようで

    またも畑の仕事も無理にしたのだ

    入院が1週間もなって


    体も6年前と違って


    気力も落ちてるようで



    長くなった様だ


    父は 5人兄弟長男


    母は4人兄弟長女


    皆したの兄弟とかなり


    年が離れて親の役割もやったようだ

    20歳15歳離れたかと思う


    仕事も誰よりがんばって、家には証書がいっぱいあった


    北京工業研究所から


    親のために、家族のために


    小さい町敦化にきて


    また、ゼロからはじめて成果もあって


    うちら子供は誰より大きい庭の大きいうちに住んでた


    一生苦労した


    苦を苦と思わない人生の喜びと



    思って、一生懸命に生きてたおとうさん



    実業に失敗してから立ち直りができなくて


    銀行の多額の債務を抱えて


    くろうはいっぱい、功労はないと皆に責められた時期もあった


    老後田舎好きで


    何かも育てた

    りんごなし


    じゃがいも、トウモロコシ、かぼちゃ、トマト、インゲン、なす


    ブタも、犬も、アヒルも、にわとり、あかアリまであった


    秋になると都会の親戚は遠足の感じでたずねてきた


    それを心から喜んでくれた


    あの家も兄弟で一ヶ月で立ちあげたのだ


    家つくりは得意ではないので



    せっかちの母から遅いといわれた覚えもある


    いまは、家も、畑も父さんの自慢だ


    こんなに苦労したから、


    いつも頑丈だったから


    薬も頑固でのまなかったから



    今度も、病気をどうか



    乗り越えてください




    お父さんの康復を祈る








    更新日:2011年10月18日コメントする(0)

  • 1972年、双子の妹で生まれた(1972年2月5日|0歳)
    雪

    中国 吉林省敦化の自宅で生まれた。


    ちょっと早く小さいお兄さんが生まれて
    突然ですが、
    お兄さんの後をもっと小さい妹の私がついてきたそうで、
    生まれる光景を姉さん二人も見たそうだ。

    双子でいろんな意味でとても仲が良かったそうで、
    おなか空くのも、泣くときも、うんこしても、おしっこしても
    かぜを引いても、点敵を受けても、下痢をしても
    ほぼ同時に進行してるようで
    4歳の、2歳の、0歳二人 4人で
    にぎやかきわまりだったそうだ



























    更新日:2010年5月11日コメントする(0)

  • 2010上海万博の開催の成功を御祝いします(2010年4月30日|38歳)
    雪

    今日の朝のニュースでは上海万博が紹介されてる。中国館、日本館、韓国館、イギリス館がニュースで取り上げてるけど、すごいね。
    中国館は、巨大最先端パネルで中国の歴史を迫りかかる迫力ある映像で5000年前まで語りつくことがわかった。 どれだけ長いだろう、
    日本館は、世界に誇るロボット技術を展覧する、そして技術以外にかわいい、きれいをテーマにしてることが分かった。中国で人気高いsmarpも参加することが分かった。
    韓国館は世界トップレベルの3Dテレビを展覧してることが分かった。韓国の人気の料理も紹介されるでしょう。
    イギリスは、自然を大切にというテーマで行うということがわかった。
    上海万博の開催をお祝います

    更新日:2010年4月30日コメントする(0)

  • ~失業してから2ヶ月になるところで 暇~です~(2010年4月26日|38歳)
    雪


    失業してから2ヶ月経とうとする
    いま 仕事を探している
    ハロワークで相談をしながら
    何回か 面接まで行った
    不採用になったので
    最近ちょっと
    意気消沈


    周りの目も気になる


    まあ
    関係ないけど






























































    38歳のとき
























    更新日:2010年4月27日コメントする(0)

  • いじめは厄介なんだよ(2009年11月15日|37歳)
    雪

    ズバッ!
    と言うしか、、無い。
    どこまで,
    みみっちい、
    心が狭い、
    無知、
    侮辱である?
    いじめって,
    りっぱな犯罪なんだよ。

    更新日:2009年11月15日コメントする(2)

  • 2009残った悔い(2009年11月4日|37歳)
    雪


    中国から友人がMSNで聞いてきた
    近いうち韓国に行くから
    「韓国で会おうよ」って

    わあ。感心した

    公務員って
    お金持ちだなって
    わざと韓国に行ってお金使うの?

    この前は自分も韓国に行けそうだったけど
    油断してる間に
    お金使っちゃったなとひとり言

    でも
    口では
    「うん、行くよ、静岡と近くなったから行けるなら会おうよ」って。










    更新日:2009年11月5日コメントする(0)

  • ダイエット奮闘記(2009年10月31日|37歳)
    雪

    6、7年前に日本に来たとき
    62kg
    いまは
    51kg


    朝はにんじん少

    昼はちょっとおいしく
    魚かお肉、コーヒー牛乳一杯

    夜はしょっぱくなく、辛くない野菜と茶碗半分ぐらい御飯
    夜7時以降は召し食わないように
    水も控えめに

    15分ぐらいの運動
    おならを我慢するみたいに
    おなかの力をを絞って
    ワーキングする。

    肌もよくなった

    この自分流のダイエット方法で
    この1ヶ月に
    3kgやせた

    50kgでいいにする



    私も頑張ったよ






















    更新日:2009年10月31日コメントする(0)

  • 午前5時7分、静岡県焼津市に震度6弱の地震があった(2009年8月11日|37歳)

    これまで経験したことがない大きなゆれだった

    部屋がごたごた、ぱちぱち
    10秒か20秒、
    横か上下に
    不気味に
    ひどく
    ゆれた


    怖っ


    更新日:2009年8月11日コメントする(0)

  • 外国人には最初の1年間が日本の印象を決める First one year selects an impression of Japan as a foreigner(2009年6月18日|37歳)

    日本に来て初めてのことが今も頭の中で残ってる.
    I come to Japan,and the first thing is still left in a head

    まるで昨日のことのように1ページ2ページ.
    It is totally one page of two pages of...like the yesterday,s thing

    思い出す
    I remember it.

    この7年の間いろいろあってあきらめたこともあったけど最初の1年間にできたことこそ私の今の価値観のいちばん大きいもとになる。
    It is for the cause that it has a big first of my present sense of values that it was possible between first one year thugh I meet in various ways during these seven years and had given it up.


    日本にきたばかりのときは日本語ができなくて新聞もデレビもみることができない
    When I came to Japan,Japanese is not possible and cannot watch both newspaper and デレビ

    ここ静岡には親戚もいなかったし、電話もできなかった
    The relative was not in here Shizuoka, too. and the call was not possible, too

    そのとき、静岡の草薙に無料で日本語を教えるところがあってそこにまず通ることにした
    I decided there was a place to teach Japanese free in Kusanagi of Shizuoka, and at first to go there then.

    あの場所は教会だった
    That place was a church.

    日曜日の午後1時から3時までだったかな
    Was it until 3:00 since the afternoon of Sunday1 :00

    記憶が間違ってなければ一人の先生のの名前は石田美智子だった
    If memory was not wrong, the name of a thing of one teacher was MIichiko Ishida.

    静岡の大学から来た先生も、在学中の学生もボランデーアでいろんな国から来た人を教えていた
    The teacher who came from the university of Shizuoka taught the person who came from the country where a student at school was various in ボランデーア

    私もその中の一人でそれから1年間通うことになった
    Then I will go in one of the inside for one year, too


    ただ教えるだけではなくで休憩時間はお茶も出しておしゃべりもしておかしももらった
    I let I started it and talk and only got the tea for the 教えるだけではなく て break.

    学生の誰からふるさとのおかしをもってきたらそれもだべたことがある



    毎週行くのもわずかなたのしみだった
    It was slight pleasure every week that went
    わたしのために勉強プランも立って覚えるペースで授業をして宿題も出した。
    I taught the study plan at a pace I stood. and to learn for me and started the homework


    大学生先生もいつも出席しておしえてた。
    Unibersity student teachers always attended, too and taught it.

    大学生先生の上にまたリーダーの先生がいて勉強の進捗をきびしくチェックした。
    Therer was the teacher of the leader on a university student teacher agin and checked progress of the study strictly
    授業は必ず時間で終わって大学生の先生が必ず一枚の紙に私の今日の勉強のできたこととできてないことを3項ぐらい書いた。



    あれから教会の別室で先生たち間の談話もあった。



    着実に勉強は進んで私は日本語能力試験1級に合格した。


    日本に来てもうすぐ1年のことだった。


    あれから私は日本語の力を基礎に二年目は秘書技能2級を、3年目は自動車免許を取った。

    いまはドライブをたのしんでいる。

    初心もわすれないように。

    人に優しく。

    更新日:2009年7月17日コメントする(0)

  • 女はだれと結婚しても後悔してる(2009年6月19日|37歳)

    1.美男は、女友達が多い
    2.仕事ができるひとは家事をしない
    3.お金持ち、何でも計算したがる
    4.家事をする男は、お金にけち
    5.大学生は、表に出たがる
    6.きれいすきなひとは、つかれる
    7.まずしい男は、旅行に連れて行かない
    8. 花を買ってくれる男は、米を買って持ってくれない
    9.ショピングを一緒にしてくれる人は、甘えんぼ
    10.先生はいつも教えたがる
    11.弁護士はけんかしたらいつも勝ちたがる
    12.お医者さんは、神経質
    13.やさしいひとはだれにもやさしくてバランス感が悪い
    14.公務員はこわれやすい
    15.私も自分の結婚を 後悔している、こんな人じゃなかったのに

    でもさ、よくかんがえると...

    50点女+50点男=100点の日常生活



    更新日:2009年6月20日コメントする(0)

  • 息子の中学入学の思い(2009年4月7日|37歳)

    いまから三年前、息子ははじめて日本にやって来た。もう中学生になったなんて、信じられないほど、あっという間だ。この三年の間に、ぐっと背が伸び、性格は一段とたくましくなったことをとてもうれしく思っている。友達もでき、日本語も不自由なく話せるようになり、日本に来て日本人と同じような日本語を使えるようになるという目標に近づいている。

    更新日:2009年5月17日コメントする(0)