非公開の自分史は、他の人からは見えません。
トパーズさんが最近登録した自分史(更新順)
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ジョン・レノン死去(1980年12月8日|23歳)
丁度、社会人1年生でした。ジョン・レノンが久しぶりにLPを発売して、イメージもガラッと変わり、「ウーマン」、「スターティング・オーバー」がヒットしていた矢先に、銃弾に倒れました。犯人は、熱狂的なジョンのファンだったらしいですが。後になって、「スターティング・オーバー」の出だしの音が不吉だとか色々と言われました。
地下鉄の赤坂見附の駅で、号外を配っていたので、TVのニュースより先に新聞で知りました。銃殺なので、かなりの衝撃が走りました。
ビートルズのファンで、ポールが一番好きでしたが、それでもショックでした。
再結成は、それまで何度も噂に上っていましたが、ジョンの死で可能性がなくなりました。
今生きていたら、良い作品もさらに残していたでしょうね。奥さんが小野洋子さんですから、来日もしたでしょう。活動停止をしていた時期は、かなり日本(軽井沢)に滞在していたようですから。
更新日:2009年12月9日|コメントする(0)
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初めて見て聞いたグループサウンズ(1966年3月|9歳)
NHKののど自慢の公開録画が、三鷹市公会堂であって母に連れられて、行きました。公開録画は、この頃よくやっていて、並べば無料で入れます。録画の時もあれば、生放送の時もあったり。
当然、素人の歌がずーっとあって、最後にゲストの歌が2曲ほどお決まりであるのですが、この時のゲストが、GSのジャッキー吉川とブルーコメッツ。
全く聞いたことがなく、演奏が始まるといきなり、大音響というか、昔で言うエレキですね。かなり、驚いたのを覚えています。しかも、演奏曲目が「ブルー・シャトー」と「マリアの泉」。このあと、「ブルー・シャトー」は大ヒットして、日本レコード大賞までとってしまいました。替え歌までできるし。
どうも、メンバーの三原綱木さんが、三鷹市出身だったようで、無名でものど自慢に出ることができたのかも。3月の頃は、本当に知られていませんでしたから。
それから、食堂とかに行くと、ジュークボックスで必ず「ブルー・シャトー」をかけて、シングルレコードも買いました。更新日:2009年11月26日|コメントする(0)
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1回目引越(1988年4月8日|31歳)
主人の転職で、東京から愛知県へ引っ越しました。要するに、Uターンです。まさかの、愛知県。主人の親戚以外は誰も知り合いがいなくて、とっても不安を感じながらの引越しでした。まさか、地方へ行くことになるとは思っていませんでした。
長女は、まだ1歳。高蔵寺ニュータウンの中の家を、主人の会社関係の方から借りることに。東京に比べると、広さの割りに格安の家賃でした。
とにかく、静かです。昼間も人通りがありません。人の多さが全然違います。東京でも、街中に住んでいたわけではないけど、あまりの違いに愕然。
更新日:2009年11月26日|コメントする(0)





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